2025年3月発行 全聴教会報第108号掲載
インタビュアー:明石慈英(編集部員)

越前由喜選手 プロフィール
- 地域の小学校に通学し、中学部から聾学校に通い始める。
- 福島県で生まれ育ち、大学は宮城教育大学にて学ぶ。
- 現在は、福島県の肢体不自由児が通う支援学校にて勤務(4年目)する傍ら、デフバスケットボール日本代表としても活躍。
明石(以下同):今はどのように学校現場で働いていらっしゃいますか。
越前(以下同):肢体不自由の支援学校で勤務し、きこえる人に囲まれて仕事をしています。子どもたちは知的障害や肢体不自由があります。日々コミュニケーションに難しさを感じています。今は小学部5年生の3人の子どもを担任しています。そのうちの1人がろう重複です。手話での簡単な会話ができます。他の2人は口話中心ですが、発言内容がわからないときは副担任の先生が教えてくれます。その2人も手話を少しずつ覚えるようになっています。子どもたちなりに、ろう者として私を見てくれています。副担任は聾学校の勤務経験があり、聴覚障害への理解があります。
―教員になられた動機は何だったのでしょうか。
中学部2年生の時に、長谷川俊夫先生に出会ったのがきっかけです。他にも中村孔一先生にも出会い、そうしたろうの先生との出会いによって「ろうだからできる」ことを実感しました。他のきこえる先生にはないものを感じたのです。
―大学では、どのようなことを学んでいましたか。
特別支援教育の中でも、とくに聴覚・言語障害教育を専門的に学びました。また、特別支援教育5領域の免許を取得できる大学だったので、教育現場のことだけでなく、特別支援教育全般についていろいろと学びました。