2025年3月発行 全聴教会報第108号掲載
語り手:吉本 努(奈良県立ろう学校中学部主事)
聞き手:俵積田 知里(鹿児島県立鹿児島聾学校中学部国語科・聴覚相談センター)
俵積田(以下同):初めまして、鹿児島聾の俵積田と申します。今回は幼児教育について伺いたいと思っております。よろしくお願いいたします。
吉 本(以下同):奈良ろう中学部主事の吉本です。よろしくお願いします。
-吉本先生は1996年にろう教員として日本で初めて幼稚部を担当されたと聞いております。その経緯について伺ってもよろしいですか。
私は元々は実習助手として高等部で勤めていました。そのかたわら、何度も教員採用試験に挑戦し、正規教員として新規採用され、1996年から12年間、幼稚部に勤めました。
-そうなんですね。時期的には、先生がろう教員として入って初めて、奈良ろうの幼稚部で手話が導入されたという頃でしょうか?
いえ、それ以前の奈良ろうの幼稚部ではキュードスピーチが主なコミュニケーション手段でしたが、それだけでは幼児達との十分な意思疎通にはつながりにくいという課題意識がありました。そして、手話を含むさまざまな手段を少しずつ取り入れる一方で、子ども達の将来像につなげるためにも、身近に手話を使うろうの大人がいるべきではないかという意識が普及され、ちょうどその頃が私が採用された年でもありました。
-なるほど。先生がろう教員として幼稚部に入られて、校内の反応はいかがでしたいか。
その頃の幼児の実態はさまざまで、ある程度きこえる子、ほとんどきこえない子、デフファミリーの子などさまざまな幼児、手話教育を希望されるご家庭がいらっしゃいました。身近に、きこえない大人が教員として加わったことは幼稚部教員や保護者にも受け入れてもらえました。幼児達も「どうして吉本先生は補聴器をしているの?」「どうして吉本先生は手話を使えるの?」と素直な疑問をぶつけながら、きこえない大人の姿からいろいろ学んでくれたようです。子どもは素直です。特に、私が手話で絵本の読み聞かせをすると普段見ない幼児がじっくりと見聞きするようになりました。