2021年12月発行 全聴教会報第95号掲載
~私たちろう・聴覚障害教員と仲間はどこに向かうのか~
標題は直訳すると“金色のまどろみ”である。実に全国聴覚障害教職員協議会(以下、全聴教)発足からに関わった30年近くは黄金色の思い出の数々である。また54歳で2021年6月に福島県の公立教諭を早期退職、30年にわたる教員生活に終止符を打った。
自分は、2011年の夏に国指定の難病「多系統萎縮症※」を発症、長時間の直立・歩行・巧緻な手作業が困難となり、車いす中心の生活を余儀なくされ、隣市の大きな病院の神経内科の受診の結果、即入院。病名が2013年に認定・確定した。翌14年、知的障害児を対象とする特別支援学校に異動。病気の進行で歩き回れなくなったため、体育や校外学習担当を免除され、妻による車の送迎での通勤など、職場と家族の協力を得ながら仕事をしてきた。
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※多系統萎縮症(オリーブ橋小脳萎縮症)…国の指定難病。主に小脳失調症状・パーキンソン症状・自律神経障害の症状のこと。患者数は約1万2千人であり、そのうち70~80%がオリーブ橋小脳萎縮症と推定。起立歩行のふらつきなどを主症状として進行性の経過を取るといわれている。
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自分の職場の情報保障体制作りを福島県が19年4月に施行した県手話条例、県差別解消条例を補強する材料として、かつ合理的配慮の具体的事例として、全国に提供できると考え、全国的に活動してきた。以下、全聴教役員を30年間担当する中で、会主催の大会、シンポジウムの運営・企画に携わってきた。シンポジウムの「ろう・聴覚障害(以下、ろう聴障)教職員の身分保障」分科会を企画し、一般校、支援校、ろう学校に勤務する会員や関係者を集めたところ、各地の試みを紹介、情報交換することができた。
病の進行で、できないことが増え始め、粘り強く話し合うのに体が耐えられなくなってきた。「福島県ろう聴障職員の会」(ほとんどが長谷川の教え子で、5名で2021年5月に発足。福島県ろう聴障教育を考える会に加入)が組織化され、地元の後継者へ活動の引継ぎのめどができた時に、早期退職を決意した。現在は在住の町のリハビリに週に2回、在宅リハビリを週に1回、老齢の難聴の母を家の中を車いすで駆け回りながら介助、週末は地元のろう者や聾学校時代の知人の来宅を受けたり、Zoom対話などをする毎日である。
闘病しながら、スランバーを思い出しつつ、お茶をすすりながら、余生を静かに暮らしていく…。
いや、違うべ―
長谷川が長谷川であるために、また早期退職した今だからこそ4人の息子、2人の娘、難聴の妻と母に、しぶとく迷惑だろうと自分の生き方を示す―。ゴールデンスランバー自体を今の時代の流れに置き去りにするのではなく、生きあがいて、ペンリレーのページで以下の項目を立てて述べることをお許し願いたい。
1 「手話観の変遷」と「ろう聴障教職員の専門性」
1996年に県で初めて教諭に採用された当時、県内の聾学校現場では聴覚活用や口話法の教育が色濃く、手話等を用いた情報保障もなく、行事や学部集会での話者が口形を見せながら、補聴支援機器(磁気ループ等)を活用しながらの情報伝達が主であった。当然授業・活動では要約した音声情報伝達が行われ、日本語の習熟度の高い児童生徒の理解に授業展開を引っ張らせながら、その児童生徒の理解と反応があった手指サインや身振りを手掛かりに他児童生徒が授業内容の大筋を理解していた。さらに板書等を活用しての授業・活動のまとめを文字情報の提示を行い、児童生徒が学習情報を共有することで学習課題の定着を試みていた、つまり児童生徒の日本語力を担保にした教育がほとんどであった。
そうした状況だったが、同僚や管理職の理解と配慮もあって、対応手話(※音声日本語の文法に沿って手指モードで表現、非手話)等の情報保障が配置され、過度の聴覚活用に偏重する教育、発声・発話にこだわりすぎる口話教育は影を潜めた。授業・活動でもかつて児童生徒が学習内容を共有し合う手段として手指サイン、身振りから対応手話に置き換えられ、日本語が苦手な児童生徒も教師・友達の対応手話でダイレクトに学習内容をほぼ理解できるようになった。さらに聴者教師の対応手話での情報保障によって長谷川の採用後は、聾学校全体の教育情報を対応手話で理解し、児童生徒の身の回りにある情報を自分の中で編集、周囲の協力で自己表現できる児童生徒が増えていった。幼少時から聴覚活用によって日本語習得ができた児童生徒、また非対応手話の手話と日本語のコードスッチングができている児童生徒は、その道の専門家になるべく大学進学や長谷川に倣って、公立校の教諭、社会リーダーを輩出してきた。社会で活躍しているろう聴障者集団を生で現場の同僚や管理職に引き合わせることで彼らの教育観の変容はもたらした。この平成時代のろう聴障教員採用が長谷川の他にも数多く全国的にあり、大小同異はあれ、現場に与えた変化は同様のパターンであったと考える。
根本的な解決に至っていない。